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最高裁判所第三小法廷 昭和61年(行ツ)124号 判決

アメリカ合衆国

コネティカット州ウエストポート

上告人

ストウファー・ケミカル・カンパニー

右代表者

ジョン・R・フェネル

右訴訟代理人弁護士

布井要太郎

同弁理士

桑原英明

小林清次

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 吉田文毅

右当事者間の東京高等裁判所昭和五九年(行ケ)第一七三号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六一年一月一六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人布井要太郎、同桑原英明、同小林清次の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 安岡滿彦 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫)

(昭和六一年(行ツ)第一二四号 上告人 ストウツアー・ケミカル・カンパニー)

上告代理人布井要太郎、同桑原英明、同小林清次の上告理由

一、原判決は、特許法第一五六条二項の規定の適用を誤り、右法令の適用の違背は、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

原判決は、審理の再開に関する特許法第一五六条二項の規定である「審判長は、必要があるときは、前項の規定による通知をした後であつても、当事者若しくは参加人の申立により又は職権で、審理の再開をすることができる。」との文言の解釈として、「右に、『必要があるときは』というのは、右に述べたような同法条の規定の内容にかんがみれば、審判官においてもつぱら事件の審理の完全を期するために必要とするとの合理的理由に基づく判断をしたときをいうと解するのを相当とし、単に、出願人が審理の再開を希望する申立をしたからといつて、そのことのみの理由で審判長が審理の再開をしなければならぬ義務を負うものではない。」とし、本件事案につき「前顕甲第六号証によれば、本件上申書には、本願発明の要旨である特許請求の範囲記載の(c)項及び(e)項をそれぞれ前記認定のように補正したい旨及び補正によつて引用例に比しマイクロカプセルが集合、凝集することのない極めて微細均一径のものとして得られる効果を奏する旨記載されていることは認めうるものの、これにとどまり、さらにすすんで、右補正により、いわゆる新規性、進歩性を有するものと断ずべき肯認するに足る具体的合理的説明は本件上申書によつてもこれを認めえないし、また、原告主張のような効果を奏することを認めうることの証拠もない。」旨判示している。しかし、上告人が特許庁に提出した上申書には、審決において引用した甲第一号証(特公昭42-771号)記載の方法によるマイクロカプセルとの比較実験データに基づき、特許請求の範囲の項1(c)項に「水に不混和性の相を水性相中に分散させ、水性相中に水に不混和性の相の小滴を生じさせ」とあるを「高せん断撹拌にて水性相中に水に不混和性相を分散させ」と補正し、さらに、特許請求の範囲の項1(e)項に「分散した水に不混和性の相と水性相を約二〇℃から約六〇℃に保持して加水分解反応を生起させ、かくして水に不混和性の材料をポリニーリア・カプセル包被体中に包被することからなる方法」とあるを「分散した水に不混和性の相と水性相を約二〇℃から約六〇℃に保持して加水分解反応を生起させ、つづいて、撹拌速度を減少させて、加水分解反応を完了させ、かくして水に不混和性の材料をポリユーリア・カプセル包被体中に包被することからなる方法」と補正するとともに、右補正により「甲第一号証のものよりマイクロカプセルが、集合、凝集することのない極めて微細均一径のマイクロカプセルが得られるという顕著な効果を確認した。」旨の上申をなしているのであり、前記特許請求の範囲の文言の補正部分及び前記効果も原明細書の詳細な説明の項に開示せられており、同補正は特許法第六四条一項一号の特許請求の範囲の減縮に該当し、許容せられるべきものであることは明らかであるから、右減縮せられた特許請求の範囲の項の文言と前記引用例たる甲第一号証の開示内容とを比較検討すれば、本願発明が、新規性及び進歩性を有することは直ちに明らかであり、換言すれば、特許庁審判官の審判の再開を必要とするか否かの判断資料としては、すでに上申書の内容により明らかであり、特許法第一五六条二項が要求する審理再開を必要とする具体的合理的説明は十分になされていると解せられる。上述したところのものより以上の説明は、特許法第三六条四項および五項により出願に際し要求せられる明細書の記載内容よりするも、特許法上要求せられていない。

以上よりして、本件事案は、特許法第一五六条二項の規定する審理を再開すべき「必要があるとき」に該当するものであり、審判長は、審理の再開をなすべき義務を負うものと言うべきである。原判決は、敍上の点についての同法の規定の適用を誤ったものであり、右誤謬は判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二、原判決は、判決理由不備ないし判決理由に齟齬があり、民事訴訟法第三九五条一項六号の絶対的上告理由に該当する。

特許法第二九条は、特許要件として発明の新規性および進歩性に関し規定しているが、その規定の体裁は、同条第一項において新規性を阻害する消極的事由をその第一号ないし第三号に規定するとともに、その第二項において進歩性を阻害する消極的事由を同条第一項に関連づけて規定している。特許出願の審査に際しては、審査官はこれらの消極的事由が存在するか否かについて審査する職責を有するものであり、特許出願人は、特許出願に際し特許法第三六条の要件を具備する願書を特許庁長官に提出すれば足りるのであり、積極的に発明の新規性および進歩性を有する旨の記載および証拠の提出を要求せられていないのであり、特許法第二九条の規定の体裁からすれば、出願人にそれらの要件の存在を積極的に記載または立証せしめることは不可能である。

しかるに、原判決は、「前顕甲第六号証によれば、本件上申書には、本願発明の要旨である特許請求の範囲記載の(c)項及び(e)項をそれぞれ前記認定のように補正したい旨及び補正によつて引用例に比しマイクロカプセルが集合、凝集することのない極めて微細均一径のものとして得られる効果を奏する旨記載されていることは認めうるものの、これにとどまり、さらにすすんで、右補正により、いわゆる新規性、進歩性を有するものと断ずべき肯認するに足る具体的合理的説明は本件上申書によつてもこれを認めえないし、また、原告主張のような効果を奏することを認めうることの証拠もない。」旨判示しているが、上記判示によれば「補正によつて引用例に比しマイクロカプセルが集合、凝集することのない極めて微細均一径のものとして得られる効果を奏する旨記載されていることは認めうる」と判示しているにもかかわらず、したがって、原判決は、新規性を阻害する引用例との比較において、上申書の記載内容について、補正せらるべき特許請求の範囲(c)項及び(e)項はマイクロカプセルが集合、凝集することのない極めて微細均一径のものとして得られる効果を奏するものであり、したがって、新規性および進歩性を有することを認め得る記載が存することを認定しながら、他方において、新規性・進歩性を有するものと断ずべき肯認するに足る具体的合理的説明は認めえないと判示しているのであり、前記特許法第二九条および第三六条の規定の趣旨よりして、上記二点の論理的判断の間に矛盾が存在し、その理由に不備ないし齟齬があることは明らかである。

三、原判決は、重要な手続法規の違背を構成し、民事訴訟法第三九五条を類推適用し、絶対的上告理由に該当するものと解せられる。

原判決は、特許法第一五六条二項に規定する「『必要があるときは』というのは、右に述べたような同法条の規定の内容にかんがみれば、審判官においてもつぱら事件の審理の完全を期するために必要とするとの合理的理由に基づく判断をしたときをいうと解するのを相当とし、単に、出願人が審理の再開を希望する申立をしたからといつて、そのことのみの理由で審判長が審理の再開をしなければならぬ義務を負うものではない。」旨判示し、したがって、右判旨は、審判官において審理の再開を必要とするとの合理的理由が存在する場合には、審理を再開すべき義務が存在することを前提とするものであるが故に、審判官は審理の再開を必要とする合理的理由が存在するか否かについて判断し、当該判断の結果を出願人に明示すべきことが義務づけられることになる。

しかるに、上告人は、上申書の形式を以って審理再開の申請をなしたにもかかわらず、その審決において、右審理再開の必要性の有無についての判断がなされていないのは勿論、別個に右の点についての判断もなされていない。

以上よりして、原審判決の前記判旨よりすれば、本件審決の審判手続に判断遺脱の違法があることになり、原審は自ら特許庁の審判手続における審理再開の必要性の有無の判断に立ち入ることなく―審決取消訴訟の法的性質上、審理再開の必要性の有無の判断、特に原審が右に関連して判示した上申書の内容についての本願発明の新規性・進歩性の判断は、特許庁の専権に属し、原審は、特許庁の右判断の適否を是正し得るにすぎない―、職権により本件審決を取り消すべきであるにもかかわらず、右特許庁による審判手続上の違背を看過し審理再開の必要性の有無を判断したのは審決取消訴訟手続法上の違背があり、右違背は、重要な手続法規の違背を構成し、民事訴訟法第三九五条を類推適用し、絶対的上告理由に該当するものと解せられる。

以上

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